VOL.303 貞光劇場

 貞光劇場は、美馬郡つるぎ町貞光にあり、JR四国・徳島線の貞光駅のすぐ東にあります。徳島新聞に紹介された記事を読み、行ってみました。皆さん、ここはご存じなかったんじゃないかな。。。
 以下は、掲載された徳島新聞の記事です。

貞光劇場
人々の笑い・涙を刻む
 古い木製の長いすが舞台へ向かって整然と並ぶ。いすの表面は黒光りし、背の当たる部分だけ白く色がはげている。どれだけ多くの人がこのいすに座り、笑い、涙しただろう。
 つるぎ町貞光にある映画館「貞光劇場」は、一九三二(昭和七)年の開業以来、上映を続けている。建物の外観も内装もほぼ当時のままで、全国屈指の古さを誇る。
 戦前から昭和三十年代にかけては、石原裕次郎、長谷川一夫といった銀幕スターがスクリーンを彩った。芝居も行われ、舞台上で「アラカン」こと嵐寛寿郎が十手を振り、沢村国太郎が躍動した。館内を見回すと、天井には古い広告画があり、時間が逆戻りしたような錯覚に襲われる。
 入り口近くには古い映写機が二台。近くの壁には「ひばり十八番 お嬢吉三」「アラブの嵐」「黒い三度笠(がさ)」など、約五十枚のポスターが並ぶ。ポスターの隅に書かれた「総天然色」はカラー映画を意味する。劇場とともに年を重ねてきた館主の藤本一二三(ひふみ)さん(76)は「これを眺めているだけで幸せやな」。
 貞光は、一宇街道と旧国道が交わる交通の要衝として栄えた。今も二層うだつの古い建物が多い。
 「寅のような男がふらふら歩いていたら似合う町」。九一年に町並みを歩いた山田洋次監督は、こう表現した。貞光劇場はそのシンボル的な存在に違いない。
 昭和二十年代は、周辺はもとより一宇方面や吉野川の対岸にある美馬市方面からも大勢の人が映画を見に訪れた。映写技師二人、受付二人のほか、履き物や自転車を預かる従業員もいた。
 五三年の「君の名は」を上映したときは連日、貞光駅前まで行列ができ劇場は全盛期を迎える。しかし、この年からテレビ放送が始まり、客足は遠のいていった。
 ここ十数年は安くフィルムが借りられる成人映画ばかり。藤本さんは、すべての作業を一人でこなしながら「客数は聞かんといて。ほとんどもうけはない」。
 それでも「体が動かんようになるまで続けるだろうな」という藤本さん。映画が好きだからというのが一番の理由だが、もう一つ、父伝助さんが残した言葉がある。
 「わしらが死んでも映画、休むなよ」。六五年、養母が亡くなったときに別の劇場を任せられていた藤本さんは、こう告げられ、涙をこらえて上映を続けた。七七年に伝助さんが亡くなった日は、さすがに一日休んだものの、それ以外は休んだことがない。
 特に映画が好きではなかったという伝助さんがなぜ「休むな」と言ったのか。藤本さんは「映画好きの人が来たら、いつでも見てもらえるようにしておけということだったんちゃうかな」と信じている。
 上映が始まる午後一時前。藤本さんの顔色がさっと変わった。「さあ、仕事やけん」と準備が始まり、ここで取材を打ち切った。最後の上映が終わる午後十時まで、たとえ観客が一人であっても映写機を回す。そこには昭和二十年代と変わらぬ映画屋の後ろ姿があった。
(2007年11月23日付朝刊より)
=撮影日:2007年11月25日=
1.
c0117924_19191078.jpg






2.
c0117924_19194435.jpg

3.
c0117924_19201896.jpg

Nikon D70/ニコンAF-S DX Zoom Nikkor ED 12-24mm F4G
4.
c0117924_1921536.jpg

5.
c0117924_19224772.jpg

Nikon D80/ニコン AF-S DX Zoom Nikkor ED 17-55mm F2.8G(I)
6.
c0117924_19234872.jpg

7.
c0117924_1924147.jpg

8.
c0117924_19243568.jpg

Finepix F31fd

[PR]
by Shikoku-great1 | 2007-12-24 19:25 | 身近な地域
<< VOL.304 真鍋家住宅 VOL.302 池田町内のイル... >>



毎日更新します!よろしくお願いします!!
by shikoku-great1
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31