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VOL.191 中津万象園3

 洋風の庭園もいいですが、和風の庭園の方が私は好きです。皆さんは、いかがでしょうか。
=撮影日:2007年8月15日=
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by shikoku-great1 | 2007-08-31 15:04 | 香川

VOL.190 中津万象園2

 中津万象園の2回目。まず、F31fdで撮した写真を何枚かご紹介しましょう。
=撮影日:2007年8月24日=
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by shikoku-great1 | 2007-08-31 14:54 | 香川

VOL.189 中津万象園1

 丸亀市美術館に併設されている日本庭園です。全部歩けば、もっと撮せるポイントがあったのですが、暑い最中で、あまり撮影に集中できませんでした。

貞享5年(1688年)丸亀二代目藩主京極高豊候により、ここ中津の海浜に中津別館として築庭される。
白砂青松の松原に続いて1500余本の矮松を植え、庭の中心には京極家先祖の地である近江の琵琶湖を形どった八景池を置く。近江八景になぞらえて、帆、雁、雪、雨、鐘、晴嵐、月、夕映と銘した八つの島を配し、その島々を橋で結んだ回遊式の大名庭園である。湖畔には、庭園内から海まで一望できたという中二階の茶室と母屋が設けられている。また、母屋南庭には枝葉の直径15米余り、樹齢600年と云われている〔天下の名松〕の呼称にふさわしい大傘松がある。万象園は森羅万象、即ち宇宙に存在するすべてのものを意味し、それらを合わせ持つ名園といわれる。
http://www.marugame.or.jp/shoukai/banshou/banshou.htm

=撮影日:2007年8月16日=
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Finepix F31fd

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by shikoku-great1 | 2007-08-30 20:14 | 香川

VOL.188 鞘橋

 今は使われていない木製の鞘橋。このすぐ左手の方にコンクリート製の橋があります。この鞘橋は金比羅さんの麓にあります。いつ行っても露出が難しい状況で、苦労させられます。日差しが強すぎるんです。また、夕方あたりに行ってみることにしましょう。
=撮影日:2007年8月15日=
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by shikoku-great1 | 2007-08-29 20:16 | 香川

VOL.187 お四国参りⅡ~第22番札所・平等寺

 お四国参り2回目の最終回は、こちら平等院です。今回は雨と霧に見舞われ、大変な撮影となってしまいました。これも弘法大師様が訓練しなさいと、そうしてくださったのかも知れません。

縁起
 弘法大師が41才のとき、この地へ来て厄除祈願をしていると、空中に瑞雲がたなびいて、その中に金色にかがやく梵字が現われました。大師がその梵字に祈りをささげるとやがて薬師如来が現われましたので、この地へお寺を建てることを決心され、錫杖で土を掘ると乳のように向い霊水が湧き出ました。大師はこの霊水で淋浴して百日間の修行を重ね薬師如来の像を刻んで本尊とし、お堂を建てて安置しました。この井戸は"弘法の水"といって今も湧き続け、万病に効くといわれています。大師はこの白い水に因んで白水山、平等なご利益がさすかるようにと平等寺と号して第21番の霊場に定められました。その後七堂伽藍が建ち寺運は栄えましたが、長曽我部軍の兵火により焼失しました。現在の堂塔は 江戸時代の再建です。

風景
 門前町の家並みを抜けると白水山を背にして平等寺は建っています。二層の堂々たる山門をくぐると、左手に閣魔堂、鐘楼、大師堂が建ち並び、閣魔堂には極彩色の閣魔さま等十王像が並んでいます。伝説に有名な"白水の井戸"は大師堂の北側にあります。山の中腹にある本堂は42段の"男厄坂"を上った所にあり、本堂の左不動堂から下りる時は33段の石段があり "女厄坂"と呼ばれています。ともに男女の大厄に因んだ坂で、これを上り下りすることによって厄をのがれることができるとのいい伝えがあります。
http://www.taihodo.co.jp/88/tem/022.html

=撮影日:2007年7月21日=
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by shikoku-great1 | 2007-08-28 20:06 | 徳島

VOL.186 お四国参りⅡ~第21番札所・太龍寺

 いやあ、D3発売のアナウンスには参りましたね。どうやらD300はパスです。気になるなあ、もうこの話題に持ちっきり。仕事なんかには頭は働いてませんよ。

縁起
 弘法大師は延暦7年(788)15才と19才の時の2度にわたってこの地で修行をされています。大師の著 『三教指帰』にも太竜嶽によじ登り修行をされたと記されています。桓武天皇の延暦17年(798)勅願によって弘法大師が開基し、本尊の虚空蔵菩薩を刻んで安置され、山号は舎心の霊蹟にちなんで舎心山、寺号は山の名前から太竜寺と号して第21番の霊場に定められました。その後、一時寺運も衰えましたが、天長2年(825)渟和天皇の命によって再興されました。昭和27年火災により堂塔の一部や多くの寺宝を焼失しました。現在の護摩堂、庫裏、楼門などはその後の再建によるものです。

風景
 昔から阿波路では、焼山、お鶴に次ぐ難所。といわれたこのお寺も、全長2770m、101人乗りの超大型□一プウェイの開通に依り山麓がら僅か10分で山頂に着き、終点から3分で山門へ到達出来るようになって、難所は解消されました。 二層の山門をくぐると境内は広く参道の両側には樹齢千年といわれる老杉がうっそうと茂り、その 奥に六角堂、護摩堂、庫裏等が建ち並んでいます。さらに石段を30段程上ると鐘楼門。それから74段の石段を上ったところに弁天堂、 本堂、大師堂、多宝塔と多くの堂塔が建ち並んでその荘厳さをただよわせているところから"西の高野山"と呼ばれています。
http://www.taihodo.co.jp/88/tem/021.html

=撮影日:2007年7月21日=
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by shikoku-great1 | 2007-08-27 21:36 | 徳島

VOL.185 お四国参りⅡ~鶴林寺

 いやあ、やっぱり気になってしまうNikonのニューバージョン。D300も欲しいけど、とにかくD3をD2Xの後継機を待って、決断となるか。レンズは24~70mmF2.8これが絶対欲しいんですね。さあ、どうしよう。年内決着でしょうか。。。どれにも手を付けなかったりして。。。

縁起
 延暦17年(798)桓武天皇は当山 を勅願寺として伽藍を建立しまし た。その後弘法大師がこの寺を訪 れ修行していると、紫雲たなびく 中に2羽の白鶴が黄金の地蔵菩薩を 互いに守りながら老杉の枝に舞い 降りました。大師は霊感を得て、 直ちに高さ1m程の地蔵菩薩を刻ん で金の尊像をその胎内に納めて本 尊とし、山の形が印度の霊鷲山に 似ているとこから、山号を霊鷲 山、寺号を鶴に因んで鶴林寺とし 第20番の霊場に定められました。  その後真然僧正が七堂伽藍を完 成しました。以後皇室の信仰もあ つく、蜂須賀公の庇護もあって寺 運は大いに栄え、多くの寺宝が今 も伝わっています。

風景
 "おつるさん"の愛称で地元の人 に親しまれている鶴林寺も、以前 は阿波の三難所寺の1つといわれま したが、昭和38年山門前までドラ イブェ一が開通し、お参りが大変 楽になりました。  杉の大木のたち並ぷ参道を進む と、運慶作と伝えられる仁王像の 安置された山門が建っています。 門をくぐリ境内に人ると、樹齢千 年を越える老木が生い茂り、華厳 な趣がします境内右手に六地蔵を まつる六角堂、正面奥に護摩堂、 大師堂、本坊と並び、護摩堂手前 を右に57段の石段を登ったところ に本堂があり、本堂の前には寺の 名前にまつわる伝説の鶴の像が向 かい合っています。本堂右隣に五 智如来をまつる三重塔、鐘楼等が 建っています。
http://www.taihodo.co.jp/88/tem/020.htmlより)

 濃い霧が出てきて、よっぽど撮影は止めようかと思いました。

=撮影日:2007年7月21日=
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by shikoku-great1 | 2007-08-26 22:58 | 徳島

VOL.184 お四国参りⅡ~19番札所・立江寺

 今日はまず、Nikonの話題から。D3&D300の同時リリースですけど、D3については最初のフルサイズ機ということで魅力一杯ではあるのですが、レンズを最新のものにしないと最大限その性能を引き出せないとのこと。それとこれはD2Hの後継機ということなので、D2Xの後継機を待ちたいという気持ちです。高感度対策も凄いらしいですね。まあ、待ってみよう。D300。。。これはどうかな。。考えてますけど。24~70mmF2.8のレンズは魅力的なんです。レンズは買っちゃうかも。でも、このレンズ、従来の機種でも使えるのでしょうか??

縁起
 聖武天皇の勅願寺で、天平年間 (729‐48)行基菩薩が光明皇后の安産を祈念して、地蔵菩薩の小像を刻み、堂宇に安置したのが始まりです。弘仁6年(815)弘法大師が立ち寄られて等身大の地蔵菩薩 を刻み、その胎内に行基菩薩の刻んだ小像を納め、立江寺と命名して第19番の霊場に定められました。
 その頃は寺も400m程西の山麓にあって、寺運も大いに栄えましたが、天正年間長曽我部軍の兵火に よって焼失しました。その後蜂須賀2代藩主により現在地に移転、再興されました。本堂には伝説の"鐘の緒"が寺宝として納められて います。

風景
立江寺は小松島市の町中にあります。このお寺は四国88力所霊場の内に4力所ある"関所寺"の1つで す。 それは各国に1力寺ずつあって、罪人や邪心を持っている人は、お大師さんのおとがめを受けて先へ進めなくなるといわれ、これらの関所寺で納経をすますと、お遍路さんは一安心したものです。堂々たる仁王門をくぐると、広い境内には正面に本坊があり、左手に鐘楼、本堂があります。本堂は紹和49年全焼しましたが、3年後に再建しました。天井の絵もすばらしく、内陣奥には火災をまぬがれた"立江のお地蔵さん"で親しまれている本尊の地蔵菩薩が修復され安置されています。本堂と向い合わせに大師堂。その隣りに胴のくびれた美しい姿の多宝塔が見え ます。
http://www.taihodo.co.jp/88/tem/019.html

=撮影日:2007年7月21日=
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by shikoku-great1 | 2007-08-25 16:58 | 徳島

VOL.183 お四国参りⅡ~18番札所・恩山寺

 今回は22番の平等院まで回りました。飽きてこられた方もいらっしゃるのではないかと思いますが、もうしばらくご辛抱いただけますようお願い申し上げます。

徳島市のシンボルといわれる眉山を右手に見ながら街中を通り抜け、勝浦川を渡って小松島市へ入る。中田駅から四㌔ほどの小高い山の中腹に恩山寺がある。樹木がおおう参道を登りつめると大師堂があり、本堂へはさらに石段を登る。
 縁起によると、聖武天皇の勅願により、行基菩薩が厄除けのために薬師如来を刻み、本尊として開基し、大日山密厳寺と号し、女人禁制とした。創建後百年を経て、弘法大師がこの寺へとどまり、そのとき母君の玉依御前が大師を慕ってお出になったが、女人禁制のため登ることができなかった。大師は仁王門の近くで秘法を修して女人開禁の祈念を成就
し、母君を伴なって登山し、日夜孝養をつくされた。やがて母君は剃髪してその髪を納められ、大師は寺号を母養山恩山寺と改めた。
 大師堂つづきに玉依御前をまつる小堂があり、母君に孝養をつくした記念の唐木が境内にある。大師の母をおもう御心が感じられる。
http://shikoku-net.co.jp/88/8818.htm

=撮影日:2007年7月21日=
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Nikon D70/ニコンAF-S DX Zoom Nikkor ED 12-24mm F4G

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by shikoku-great1 | 2007-08-24 20:32 | 徳島

VOL.182 お四国参りⅡ~16番札所・観音寺&17番札所・井戸寺

 当山は第四十五代聖武天皇の勅願道場として創立せられたと伝えられています。其の後、弘仁七年(八一六)弘法大師巡錫の砌、当山に滞留せられ、娑婆世界有縁の導師たる大慈大悲の先手観音を自ら刻まれ、殊に脇士の不動明王は悪魔降伏のため、また毘紗門天は鎮護国家のため一刀三礼の誠を尽くされた霊像であります。爾来千有余年寺運の栄枯盛衰があり、加えて天正年間長宗我部氏の兵火に焼かれましたが万冶二年(一六五九)宥応法印が再建したと伝えられています。当山の印版は弘法大師の御筆を刻印したものを代々伝えるものであり、衆生に一見阿写の利益を施し、自ら重罪を消滅し真言不思議の果を得るものとしてあがめられています。
http://www.planet88.jp/88/awa/16.html
=撮影日:2007年7月21日=
1.
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Nikon D80/ニコン AF-S DX Zoom Nikkor ED 17-55mm F2.8G(I)

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by shikoku-great1 | 2007-08-23 20:02 | 徳島



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by shikoku-great1
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