VOL.181 お四国参りⅡ~14番札所・常楽寺~15番札所・国分寺

 お四国参りシリーズ第2弾。今日は14番から17番札所までをご紹介します。
=撮影日:2007年7月21日=
1.14番札所・常楽寺
 弥勒菩薩は五十六億七千万年後、兜率天という所からこの世に下られ、釈迦の救いが得られなかった人々を救済するといわれているが、弘仁六年、弘法大師がこの地で修行されているとき、弥勒菩薩を感得され、ただちに尊像を刻み、堂宇を建立して安置した。そして「私が目をとじたならば必ず弥勒菩薩のおられる理想の世界に往生して、五十六億余年後に、弥勒菩薩に従ってこの世にまいり、私の歩いた跡をたどりたい」といわれたという。大師が弥勒菩薩を信仰されていたことは、高野山麓にある九度山慈尊院に本尊として安置されていることからもうかがい知れる。
 後に、大師の弟子真然僧正は、常楽寺に金堂を建立し、祈親法師は講堂・三重塔・仁王門など増築したが、天正の兵火で焼失し、万治二年に再建し、文化十五年に現在地へ移建された。大日寺から鮎喰川を渡り、寺の創設した養護施設の常楽園を経ると、まもなく常楽寺がある。
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常楽寺は、この1枚だけです。




2.15番札所・国分寺
常楽寺をあとに山沿いの道を八百㍍ほど歩くと、国分寺の山門の前に出る。境内に入ると、創建当時の塔の心礎がある。正面に重厚な感じの二層の本堂。ありし日の大寺としての面影さえうかがえる。天平十三年(七四一)二月、聖武天皇は国ごとに最適の地を選んで金光明四天王護国之寺という僧寺と、法華滅罪之尼寺という寺を建立するよう命じた。いわゆる国分二寺の造営である。阿波は粟の国と長の国が合して阿波の国となり、国府はいまのJR国府駅附近におかれ、国分寺は政治の中心から南へ一㌔ほどの矢野に建てられた。いまの本堂のあるところは、もと講堂であったという。ご本尊は行基菩薩作の薬師如来。当初は法相宗であったが、弘法大師が留錫して真言宗になった。その後、寛保元年に吼山養師和尚が堂宇を再建し、曹洞宗に改宗している。弘法大師が参籠して刻んだ烏瑟沙摩明王は一切のけがれを清浄にすることから寺で授けるお札はお手洗にまつる。
HPはいずれも、http://shikoku-net.co.jp/88/881.htm参照です。
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Nikon D80/ニコン AF-S DX Zoom Nikkor ED 17-55mm F2.8G(I)

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by shikoku-great1 | 2007-08-22 22:17 | 徳島
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